歯ならびの治療には保険は適応されるのか?
歯ならびの治療である矯正歯科治療は、通常保険診療の適応外となります。そのため高額な自費診療となります。しかし、一定の条件を満たす場合に限って、保険診療でも矯正歯科治療を受けることが出来ます。その条件はどのようなものになるのでしょうか?
保険診療で受けられる矯正歯科治療の要件
矯正治療を保険診療として受けられる条件とは、厚生労働大臣の定める特定の病気によって起こった噛み合せの異常か、もしくは顎の手術を必要とする顎変形症の手術前後における治療であるかです。
ここで注意をしなければならないのは、単に『歯ならびを治す治療』ではないという点です。これは、『歯ならびを治す』治療は、見た目を改善することが主目的となるため、美容外科の範疇に含まれてしまうからです。ですから、『噛み合せの異常』という『食べ物を噛んで食べる』という機能の異常に対して、保険を適応しています。
厚生労働大臣の定めている特定の病気について
矯正歯科治療を保険診療で受けるために厚生労働大臣の定めている条件にある病気について、およそ50以上の病気が指定されています。これらには、すべて先天性の病気、すなわち生まれつき持った病気という共通点があります。列記されている病気は、すべてなかなか耳慣れない病気ばかりですが、その中には唇顎口蓋裂という病気も含まれています。
上顎や上唇は胎児の頃に形成されるのですが、唇顎口蓋裂とはこれらの形成が完了しないうちに生まれてくる病気です。原因はよくわかっていません。唇顎口蓋裂になると上唇や上顎の歯茎や骨が裂けたような状態で生まれてきます。そのため、見た目の問題だけでなく、その程度によっては、母乳の摂取に障害が生じることもあります。500人に1人くらいの頻度で発生すると言われており、赤ちゃんの生まれつきの病気としては、最も頻度が高いものに挙げられています。
その他、鎖骨頭蓋異形成症や基底細胞母斑症候群、トリーチャーコリンズ症候群などといった一般的にはあまり聞きなれない病気ですが、歯科医師免許を得るために受ける歯科医師国家試験では出題頻度が高く、歯科医師にとってはおなじみの病気もあります。
保険診療で矯正歯科治療を受けるための医療機関について
この保険診療で受けることが出来る矯正歯科治療は、どこの歯科医院でも受けることが出来るわけではありません。厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているとして、厚生局長が認めた保険医療機関に限られます。
なお、厚生労働大臣の定める特定の病気によって起こった噛み合せの異常を治すためには、歯科矯正診断施設に、そして、顎の手術を必要とする顎変形症の手術前後における治療を行なうためには、顎口腔機能診断施設に該当している必要があります。
歯科矯正診断施設
正しくは、歯科矯正診断料(厚生労働大臣が定める疾患に起因する咬合異常の矯正に係るもの)を算定するための施設となります。
この施設基準は、
◆矯正歯科治療を行うために必要なレントゲン機材であるセファログラムを備えていること。
◆矯正歯科治療の治療経験が5年以上ある歯科医師を、矯正歯科治療のみを担当として1名以上、矯正歯科治療に従事させていること。
◆パートではない、すなわち常勤の歯科医師が1名以上いること。
◆顎の外科手術が可能なほかの病院との連携体制を整えていること。
となっています。これらをすべて満たせば、保険診療で厚生労働大臣が定める疾患に起因する噛み合わせ異常の矯正歯科治療を行なうことが出来ます。
顎口腔機能診断施設
正確には、顎口腔機能診断料(顎離断等の手術を必要とする顎変形症の手術前後における矯正に係るもの)を算定するための施設となります。
この施設基準は、
◆その歯科医院が、障害者自立支援法に基づいて都道府県知事の指定を受けていること。ただし、矯正歯科治療に関する指定であること。
◆矯正歯科治療を行うためのセファログラムというレントゲン機器や下顎の動きを診断するために顎関節の動きを検査する機器、お口を開け閉めするための筋肉の動きを調べる検査機器を備えていること。
◆矯正歯科治療を専門的に行う常勤の歯科医師だけでなく、歯科衛生士や看護師が1名以上勤務していること。
◆顎の外科手術が行えるほかの病院との連携体制が確保されていること。
となっています。これらを全て満たせば、保険診療で顎変形症の手術前後の矯正歯科治療を行なうことが出来ます。
顎変形症について
咬合異常に関する病気は、基本的に先天性のものになってきますので、一般の人にとっては無縁な場合が大半です。しかし、顎変形症は違います。では、顎変形症とはどのような病気でしょうか?
顎変形症とは
顎の骨の形や大きさ、上下の位置関係などの異常により噛み合せや発音等の機能に異常が生じる病気のことです。ここでも『見た目』が要件に入ってこないことに注意してください。
具体的には、上下の顎の大きさのバランスが合っていない、下顎もしくは上顎が大きく前に出ていたり、逆に引っ込んでいる、左右がずれているといった状態になります。
顎の骨の異常により起こったものですから、歯ならびを治す通常の矯正歯科治療だけでは改善出来ません。そこで、手術を併用することで、骨格から治す必要があるのが特徴です。
顎変形症での矯正歯科治療
顎変形症は、手術を行なうのが前提の病気です。しかし、すぐに手術をしていい訳ではありません。顎の骨の異常がある状態も噛めるように様に歯が並んでいるために、手術前の歯並びは整ったものではありません。単に手術をして顎を動かして顎の位置や形を良い状態にもっていくだけと、顎の骨の形は良くなっても歯並びは変わらないために、かえって噛めなくなってしまうのです。
そこで、手術前に手術後の顎の骨の形を予測して適切な噛み合せが出来る様に、歯ならびを動かしておく必要があるのです。これが、顎変形症の治療で矯正歯科治療が必要となる理由です。
このように、顎変形症の手術前後の矯正歯科治療の目的は、あくまでも噛み合わせの改善にあります。歯並びが良くなるのは、副次的な効果に過ぎません。
顎変形症で保険診療の治療を受けるためには
前述したように、顎変形症で保険診療の治療を受けるためには、施設基準に当てはまる歯科医院でなければなりません。受診しようと思っている歯科医院がその基準に当てはまるかどうかは、その歯科医院でお聞きになると教えてもらえます。そして、ご自身の思う症状が、顎変形症に当てはまるかどうかの診断を受けてください。
まとめ
歯並びの治療である矯正歯科治療は、通常保険診療の適応外となります。しかし、例外的に保険診療の適応を受けられる場合があります。
ひとつは厚生労働大臣の定める特定の病気による噛み合わせの異常。もうひとつは、顎変形症の手術前後の噛み合わせの治療です。顎変形症も遺伝的な要因も指摘されていますので、そういった意味では先天的な病気に含めてもいいのかもしれません。そして、これらのどちらにも共通することが、歯並びという見た目の改善目的ではなく、噛み合わせという機能面の改善が目的であるということです。つまり見た目の改善では、その治療は美容外科の範疇に入ってしまうために、病気の治療を目的とする保険診療の制度にそぐわないのです。
顎変形症における矯正歯科治療は、見た目の改善が目的なのではなく、噛み合わせという機能回復が第一目的となっているのです。そんな保険適応のある顎変形症の手術前後の矯正歯科治療ですが、どこの歯科医院でも受けられるわけではありません。施設基準というものが定められています。
もし、受けようと思う歯科医院があるのなら、一度お聞きになってください。そして、その上で自分自身が顎変形症に当てはまるかどうかの診断を受けるようにしましょう。